細いアイデアを肉付けする

脚本の始まりは、頭の中で浮かんだ小さなアイデアである。その小さなアイデアをきっかけにさまざまなシーンの妄想が始まると、「このアイデアで脚本を書いてみたい」という気持ちが湧いてくる。
しかし、そこからが最初の難関だ。頭の中のアイデアをひとまずノートに書いてみる。そのアイデアから思いついたシーンをさらに書き出してみる。しかしそれらは、その段階ではメモ書きの断片に過ぎない。頭の中では躍動していたはずのアイデアがノートの上のメモ書きになった途端、「これ、面白い話になるのだろうか」と不安を覚えることもある。さあ、このアイデアをどう膨らませて一本の物語へと肉付けしていくか。考え始める段階はいつも苦しい。

「チンチン電車の看板娘」という脚本を書いた時のことを思い出してみる。

まず始まりのアイデア。それは、戦時中に勤労動員された女性たちについて調べていたときに生まれたものだと記憶している。太平洋戦争期の日本では若い男性が徴兵されたことで労働力が不足した。それを補ったのが女性たちだった。ではどんな仕事をしていたのか。いろいろな文献を読んでいくなかで、路面電車の運転士になった女性たちの話が目に留まった。
私が住んでいる京都での話である。戦争が始まる前、路面電車の運転士は男性の仕事とされていた。重たいブレーキを操縦するなど体力的に女性には大変だと考えられていたようだ。女性は車掌として働く人は居たが、運転士をやりたいとは思っていなかったらしい。しかし、戦局が悪化して京都市電の男性職員たちが徴兵されていく中で、女性を運転士にしようという案が持ち上がる。そして、車掌を勤めていた数名の女性たちが運転士候補として指名され、訓練を受けることになった。
この女性運転士たちの話に私は心が惹かれた。「路面電車の運転士になる女性の話」とノートに書いてみた。こうして、小さなアイデアの種が生まれた。

ではこのアイデアをどう広げていこう。考えているだけでは広がらない。ましてや戦争を扱う物語を考えるのだ。情報はできるだけ丁寧に集めた方が良い。まずは、気になることをひとつずつ調べて行くことになる。

まずは京都の路面電車について調べていく。すると、京都は日本で初めて路面電車が走った街だと分かる。そしてその日本初の路面電車の路線のなかに、太平洋戦争後の昭和50年代まで走り続けた路線が有ることが分かった。北野線という路線だ。
北野線は京都駅から北野天満宮まで、京都の町を南北に縦断する路線だ。その沿線には建物疎開や空襲などの戦争被害を受けた町がある。そして北野線について書かれた文献を調べていく中で、戦時中の北野線で女性が運転士を勤めたという事実を見つけた。
これだ。京都の北野線を物語の題材にしよう。
そう考えた私は、かつて北野線が走っていた沿線の町の散策を始めた。仏具屋さんが並ぶ西洞院通。北野天満宮をはじめとする「天神さん」の名前が付いたいくつかの神社。建物疎開の跡を整備して広がった堀川通。北野線沿線の町の現代の様子と、戦時中の町の様子とを比較しながら、物語の題材を探していった。

次に調べたのは戦争中の銃後の暮らしについてである。京都の町を舞台にするので、戦争中の京都の出来事などを調べていく。堀川通の建物疎開のことや、戦時中の北野線の電車をめぐる出来事。そういったことを調べながら、当時の京都にはどんな人たちが暮らしていたかを想像していった。
そして、物語の中で扱う題材をノートに書き出していった。女性運転士たちの訓練の様子、電車の運転方法、沿線で起こった戦争の被害など。思いつくものをとにかく書いていく。それらの題材が、「路面電車の運転士になる女性の話」というアイデアの骨格になっていく。どの題材を使うか取捨選択をして、物語の骨格を作っていく。

そして、登場人物を考える。主人公の家族構成。骨格に組み込んだ題材を語るために必要な脇役たち。登場人物のリストを作り、ひとりずつの生い立ちからの年表を作っていく。年表を作ることで、登場人物ひとりひとりの背景が明らかになってくる。それをもとにエピソードを考えて、書き出す。

このくらいの材料が集まるとようやく箱書きが始められる。まずは大きな箱で、物語の場面構成を書き出していく。ここまでやって、ようやくアイデアは細長い骨組みを持つに至る。そして、登場人物の年表や北野線沿線の資料を見ながら、場面を書き出した大箱の中身を展開していく。ストーリー展開、登場人物たちの台詞、音。それらを書き出していくことで、物語が肉付けされていく。まずは余分な肉でもいいので書いていく。それらを少しずつ整理して、脚本の形を整えていく。
小さなアイデアから始まり、資料を集め、登場人物を考えて、物語を構想する。この段階は相当に頭を使うし、疲れる。それでも脚本の形が整ってくると、さらに新しい伏線を思いついたり、ドラマ性を高めるために場面を入れ替えたりといった発想が浮かんできて、考えるのが楽しくなってくる。そして、脚本の最後に「了」と書き込むときの充実感はとても大きい。

小さなアイデアをいかに膨らませるか、考え始めるときは苦しいが、脚本の肉付けが進むにつれ楽しさを感じる。その楽しさを味わいたくて、私は脚本を書いている。のだと思う。

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