脚本家と演出家の違い
脚本家は、劇の演出にどこまで関わっていいのだろう。実は、私はその線引きがいまだにはっきりと分かっていない。
普段書くことが多いのは朗読劇だ。脚本を書く最中、当然のことだが、私は舞台上で演じる役者の姿をイメージしながら書いている。SE(効果音)がどんなふうに入るかも想像しながら書く。つまり、脚本を書き上げるころには、私の頭の中には上演されている劇の様子が一応は出来上がっている。
しかしそのイメージをどこまで劇団のメンバーに伝えていいのか、いつも迷う。
劇団には演出家がついている。ときには役者のメンバーがみんなで演出を考えることもあるが、書き上げた脚本はとにかく演出をする人に渡す。その時点で脚本は私の手から離れる。私の役目はそこまでだと思っている。脚本をどう解釈して、どんな舞台にするかは演出家の考えに任せる。
そしてほとんどの場合、出来上がった舞台は私が頭の中でイメージしていたものとは異なる味を醸し出す。私はそれが楽しいと感じる。
演出家はすごいなと思うのは、時には私以上に脚本を読み込んでくれることがあることだ。私が瞬発的に書いた台詞も、その背景を深く掘り下げて理解してくれる。時には脚本をこう直したほうがいいのではないかという意見も出してくれる。一人で考えていては分からない発見を与えてくれることもあるのだ。
そしてその脚本の理解を役者に伝えるのも上手い。この登場人物はどういう背景を抱えていて、今何をしようとしているのか。そして、その時発せられる台詞はどう表現するべきか。頭の中にイメージを作り上げて、丁寧に役者に伝える。そうした結果、私が想像した以上に奥行きのある舞台が出来上がることが多いのだ。演出をする人は伝え方のプロだと思う。
稽古に立ち会わせてもらう度に思うことだが、私は演出家にはなれない。思っていることを人に伝えるのは下手だし、意見が合わずに衝突するのが怖くて仕方ない。もちろん脚本は真剣に書いている。でもそれを演出するのは別の能力だとつくづく思う。だから演出家とか映画監督のように、本に命を吹き込む人たちには尊敬の念を感じる。そういう人たちが使いたいと思ってくれる脚本が書けるように、私は努力をしなければならない。
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