アメリカの銃後を題材にした脚本「Going Home」
太平洋戦争期、日本本土の銃後を支えたのは女性たちです。そしてそれはアメリカでも同じでした。私たちが見聞きする戦争の話の多くは日本の戦争体験です。一方で、アメリカにも戦時下の暮らしがあったはずです。アメリカの市民は日本をどう見ていたのか。アメリカの銃後の暮らしはどんなものだったのか。それが気になって書いた脚本が「Going Home」です。
戦勝国にも敗戦国にも、戦争で心に傷を負った人は居る
日本とアメリカの戦争の始まりは1941年12月8日の真珠湾攻撃。この攻撃は宣戦布告前に実施されたため、アメリカ側から見れば奇襲攻撃でした。アメリカの若者たちはこの攻撃に怒りを覚え、兵役志願者が殺到したそうです。「Remember Pearl Harbor(真珠湾を忘れるな)」というスローガンが掲げられ、女性たちも男性が戦場へ行くことを支持しました。
こうして成人男子の多くが戦場へ行ってしまったことで、アメリカ本土では労働力が不足するという状況が生まれました。この銃後を支えたのは女性たちでした。
アメリカ本土の兵器工場などで労働力となったのは女性たちです。当時、「ロージー・ザ・リベッター(リベット打ちのロージー)」という言葉がアメリカ本土に広く使われるようになります。これは、軍需工場などで働く女性を象徴する言葉で、作業服を腕まくりして力瘤を作ってみせた女性労働者を描いたポスターが街頭に貼られ、女性の戦時協力を求めたようです。
多くの男性が戦地へ行ったことで、銃後の労働を女性が担う。これは日本でもアメリカでも事情は同じだったようなのです。
そして、戦地ではアメリカ兵も大勢戦死しています。つまり、夫や子供を戦争で失った女性たちはアメリカにもいたのです。
アメリカは本土空襲を受けていないので、日本のように民間人まで巻き込んだ被害はほとんど無かったかもしれません。しかし、戦争で家族を失った人がいることや、戦時協力のための労働に従事した人がいたということでは日本と同じような経験をしている。つまり、アメリカにも銃後の苦しみを経験した人たちがいるのではないかと、私は思いました。
戦勝国でも敗戦国でも、戦争で心に傷を負った人はいる。そういうメッセージを持った物語を書いてみたい。
夫を戦場で失ったことで日本人への恨みを募らせた女性。その女性は夫を失った悲しみをどうやって乗り越えて、どのように戦後を生きていったのか。そんなアメリカ人女性を主人公にした物語を作ってみようと思い立ち、書いた脚本が「Going Home」です。
アメリカの銃後を生きた女性の物語「Going Home」
舞台は西暦2000年のアメリカ。デトロイト郊外にある小さなレストラン“Rosie’s Dishes”。
ローズは息子が経営するそのレストランを手伝いながら穏やかな余生を過ごしていた。ある日、ローズは孫娘のケイトから友達を家に招待したいと相談される。初めは快諾したローズだったが、その友達が日本人だと聞かされ顔色を変える。ローズの夫は太平洋戦争で日本兵に殺されたのだ。そして一月後、ケイトの友人の桜がRosie’s にやって来る。ローズは憎しみを捨て、桜を受け入れることができるのか。
この脚本を劇団に渡したとき、最初は眉をしかめられた。朗読劇とはいえアメリカ人を演じる難しさを感じられたということもありますが、アメリカの銃後を扱うということが突飛な発想と受け止められたようです。それでも稽古を重ねるうちに、私が考えていた物語のメッセージを理解してもらえ、上演した後には劇団のメンバーからは「やってみて良かった」という感想をもらいました。
私の中でも太平洋戦争をいろいろな視点から見て物語を考えようという発見ができた作品です。
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