大陸の花嫁を題材にした脚本を書く
満州を題材に脚本を書こうと思い立ったのは、加藤聖文さんの著書「満蒙開拓団ー国策の虜囚」を読んだ時でした。
その本には、1932年の満州国建国以降、幾度となく企画された満州移民の歴史が詳しく紹介されていました。そしてその本の中で「大陸の花嫁」という言葉に出会いました。
大陸の花嫁とは、開拓団の独身男性の伴侶になるために満州に渡った日本人女性たちのことです。
大陸の花嫁は1936年ごろから国策として日本各地で募集されました。花嫁として役場から勧誘を受けたのは、おもに立場の弱い女性たちだったようです。つまり、母子家庭の子供や、継母に養われていた子供、学業不振などで孤立した子供などです。また、街には満州で活き活きと働く女性の姿を描いたポスターが貼られ、大陸の花嫁を題材にした映画も公開されるなど、女性たちに満州への憧れを持たせる宣伝活動も繰り広げられていました。そうしたポスターや映画を見て、満州へ渡った女性たちも居たようです。
しかし、彼女たちを待っていたのは過酷な現実でした。
満蒙開拓は満州北部の未開の地を開墾する事業です。土地は瘦せており、冬は極寒の地となり、生活はとても厳しかったようです。
そのような過酷な土地で暮らした女性たちは、日本の戦局の悪化に伴い、さらに辛い生活を強いられるようになります。
終戦が近づくにつれ、開拓団の男性の多くが徴兵されてしまいます。村には男性が居なくなり、農作業や村の自治は女性が担わなければならなくなったのです。そして終戦を迎える直前には北方からソ連軍が侵攻してきます。満州には関東軍と呼ばれる日本の軍隊が駐在していましたが、その関東軍も終戦を迎えると早々に撤退してしまい、開拓団の女性たちは置き去りにされてしまいます。残された女性たちは凄惨な運命をたどることになります。
ソ連兵に捕まり乱暴をされる人。匪賊と呼ばれる中国人ゲリラと闘いながら必死に逃げた人。辱めを受けるよりも自死を選んだ人。中国人の妻となって戦後を生きた人。
当時の満州に暮らしていた女性たちはほぼ例外なく、現代に生きる私たちでは想像のできないような運命を辿ったのです。
無事に日本に引き揚げられた人も、日本でさらなる苦労が待っています。引揚者の多くは日本に居場所がありませんでした。実家など身寄りを頼って帰りますが、日本本土も食糧が不足している時代です。引き揚げてきた人たちを賄う余裕はありませんでした。そこで、日本政府は引揚者のための開拓地を国内の各地に用意して、各都道府県はその開拓地への移住事業を進めます。満州から引き揚げた人たちは、日本でもまた開拓事業を担うことになるのです。
井筒紀久枝さんの著書「大陸の花嫁」には、著者が大陸の花嫁として満州へ渡る経緯から、渡満後の生活、終戦後の決死の逃避行の末の引き揚げ、そして日本へ帰国してからの暮らしが克明に記録されています。
こうした著書を読み、大陸の花嫁を題材にした物語を書きたいと思った私は「荒野を生きる」という脚本を書きました。
会社でパワハラを受けて生きる気力を失いかけた主人公が終戦直前の満州にタイムスリップし、開拓団の女性たちとともに苦悩した果てに強く生きていこうと決意する物語です。
脚本に興味がある。試読をしてみたいという方は作者までご連絡ください。
連絡は以下のページの問い合わせボタンからお願いいたします。
